東京の木のおもちゃに込める、100年先への希望|東京チェンソーズ
東京の西部、山梨と神奈川との境に、木のおもちゃが生まれる、なんだかとっても楽しい村があるらしい…!そんな噂を聞き付け向かったのは、東京都檜原村。
人口約2,000人、総面積(105,41㎢)の93%を森林が占める、緑豊かな山村です。
日本一の“木のおもちゃの村”を目指して
檜原村を訪ねたのは、梅雨入り間近の6月。思わず「ヤッホー!」と叫びたくなるような山々とまばゆいほどの新緑に圧倒されつつ、木のおもちゃが集まるという「檜原 森のおもちゃ美術館」(以下、おもちゃ美術館)へと向かいました。
檜原 森のおもちゃ美術館
おもちゃ美術館は、1984年に廃校になった旧北檜原小学校を、地産木材をふんだんに用いて生まれ変わらせた木造2階建ての体験型美術館です。来館者を迎えるのは、木の心地よい香りと木で再現された檜原村の風景。山・森・川・里それぞれをイメージした空間は、ここでしか出会えない遊びと学びを生むやさしい色合いの木のおもちゃで溢れています。
アドベンチャートラック LOGGY
なかでも目を惹いたのが、木目や年輪、手触りなど、木が生きた証が手に取るように感じられる、檜原生まれの木のおもちゃ。例えば「アドベンチャートラック LOGGY(ロギー)」。タイヤはなめらかに磨かれた一本の木から作られていて、坂道を走らせると生き生きと音を立てて自由な方向に進みます。一台一台、進むスピードも目指す先もさまざま。規格化されたおもちゃにはない遊び心地に、夢中になる子どもたちも多いのだそう。
檜原村トイビレッジ構想
村の森林資源を活かした美術館や木のおもちゃ誕生の背景にあるのが、2018年から始まった「檜原村トイビレッジ構想」です。
地産木材を使う木のおもちゃづくり(産業)と、おもちゃ美術館を核とする木育推進事業(観光)の2つの軸で地域活性化を図り、日本一の木のおもちゃの村を目指すもので、檜原村ではこの構想に基づき2019年に村内の小沢地区におもちゃ工房を、2021年にはその隣に「檜原森のおもちゃ美術館」をオープンさせました。
トイビレッジ構想の担い手は、檜原村役場とNPO法人が運営するおもちゃ美術館、そして林業会社「株式会社東京チェンソーズ」の3者。
構想のもとになったのは、地域に根を張り活動する東京チェンソーズのある思いです。
都心からの移住者で、東京チェンソーズ・プロダクト販売事業部の飯塚潤子さんは、当時をこう振り返ります。
村の空き家を改修して造られた、東京チェンソーズの事務所前で
飯塚さん「移住者の立場から檜原村を見た時に、本当にたくさんの宝が眠っていると感じたんです。特に、豊かな自然環境・森林資源と、未利用の土地・空間、働く機会を求めている人々。これら3つの宝を結ぶことで、村と林業の新しい未来が拓けるのではないかと思いました」
一本の木が持つ価値を最大化させる
担い手の高齢化が深刻なペースで進む林業の世界の中で、社員の平均年齢が38歳と若い東京チェンソーズはとりわけ異彩を放っています。
なかでも特徴的なのは、「東京の木の下で 地球の幸せのために 山のいまを伝え 美しい森林を育み、活かし、届けます。」という企業理念のもと、東京の森をフィールドに木の価値・森の価値を最大化させる多岐にわたる森林ビジネスを展開していること。
東京チェンソーズ・コミュニケーション事業部の木田正人さんは、全ての事業の根底には、会社設立当初からの揺るぎない想いがあるのだと言います。
木田さん「まだ会社を立ち上げたばかりの頃に、設立メンバー4人で『木を売って成り立つ真っ当な林業ビジネスを成立させて、補助金に依存しない自立した林業を実現していこう』という話をしたんです。
そういうビジネスモデルを確立させられれば自由で持続可能な林業が実現できますし、自分たちが理想とする美しい森林づくりにつながるのではないかと考えました」
林業は、聞けば聞くほど難しい課題が山積する産業です。
例えば、一本の木を植えてから丸太として出荷するまでには、最低50年以上もの歳月が掛かりますが、丸太の市場価格は一本3,000円前後。
そして、その価格は出荷時の市場の需給バランスや輸出入量、為替レート、政府による林業政策などの外的要因に左右されます。例え国から補助金が下りたとしても、出荷に至るまでに掛かった育成・伐採・運搬コストに見合う価格で木を販売できなければ、次の50年の森をつくる苗木を植えることはできません。
さらに、従来型の木材販売では丸太を売り買いする原木市場に並ぶのは、1本の木のうち建築材料等に適した真っ直ぐで節の少ない幹部分のみ(1本の木の約50%)で、それらは製材所へ渡った後、規格に沿って板や柱に加工されて工務店などに出荷されていました(丸太のさらに50%)。
つまり、枝葉を含めた1本の木のうち木材販売市場に流通するのは、全体の約25%のみ。
残り75%は行き場もなく山に放置されたり、製材所でボイラーの燃料に使われたりするのが通例でした。
「木の市場価値が上りにくいのなら、自分たちの手で木の価値を高めて新しいマーケットを開拓し、東京の森から日本の林業を盛り上げていこう!」そう考えた東京チェンソーズは、木の根も幹も皮も枝も葉も含む、まるごと1本の木が持つ価値を最大化させる取り組みをスタートさせます。
木の命と向き合うものづくり
“一本の木が持つ価値を最大化させる”という観点からスタートした事業のひとつが、木のおもちゃづくりです。
東京チェンソーズでは、①木の形状や個性を生かすものづくり②木が持つ本来の性質と向き合うものづくり③素材制作から販売まで地域の顔が見えるものづくり④自然の時間軸に合わせたものづくり、の4つの指針を大切にしています。
飯塚さん「一本の木には植えてくれた人がいて、大きくなるまで守り育ててくれた人がいます。木のおもちゃを通して、木の奥にある森と人とのストーリーを伝えられれば、プロダクトとしての不特定多数の“木”から、愛着が湧く特別な”木”へと価値を高めていける。人と木のそうした出会いを生み出すために、一本の木と向き合い、その命と個性を最大限に活かす商品づくりを行っています」
きこりのトライ&ローリー
“木の個性を活かし、永く愛される商品を”との思いから生まれたのが、おもちゃ美術館でも子どもたちに大人気の「きこりのトライ&ローリー」。
大きさや色合い、模様、節のカタチ…。一本一本の個性を見つめるのも楽しい。
子どもが喜ぶ、ペタッ!とくっつく個性豊かな木のマグネットを自由に組み合わせ、無限にルートを生み出しながら創造力を育む、ビー玉ゲームと造形遊びが一緒に楽しめるおもちゃです。家族の暮らしに永く寄り添えるようにと、インテリアとして飾って楽しめるところも愛着が湧くポイント。
年輪には、木が生きた歴史が刻まれている
ひとつひとつの木のパーツは、従来型の林業では価値を見出し切れていなかった、幹の丸みがある部分や枝が使われています。加工作業の一部は、引退した林業家を含む地域のおじいちゃんたちも担っています。木のおもちゃづくりは、村の高齢者雇用にもつながっているのです。
顔が見える林業で、何度でも遊びに来たくなる村へ
トイビレッジ構想が動き出し、おもちゃ美術館ができるまで、急峻な山々に囲まれ平坦な土地が少ない檜原村への観光客は、キャンプやトレッキング、サイクリング等、アウトドア層が中心でした。
「ベビーカーを押してくるような世代は、わざわざ村に来ない」
そんな周囲の予想をはるかに飛び超え、おもちゃ美術館の来館者はオープンから1年あまりで5万人を記録。村にファミリー層を呼び込むことに成功しました。
飯塚さん「私たちが嬉しかったのは、おもちゃ美術館の館長さんから『村内の飲食店のみなさんから、感謝の言葉を聞くんですよ』と言われたことです。おもちゃ美術館のことを知って檜原村に来てくださった皆さんが、村内の飲食店や観光地に立ち寄ることも多いそうなんです」
観光業の活性化が確かなものになりつつある今、次に目指すはトイビレッジ構想のもう一つの柱である、産業、つまりは林業の活性化です。
その重要なキーになる木のおもちゃづくりのための新たな取り組みが、2023年にスタートした「子どもの好木心『発見・発掘』プロジェクト」。東京チェンソーズと、デザインを学ぶ桜美林大学・ビジュアル・アーツ専修の学生たちが共同で、子どもたちの木への好奇心を育む木のおもちゃをつくるもので、2024年4月頃の商品化を目指して現在進行中です。
東京チェンソーズが拠点とする檜原村おもちゃ工房
おもちゃ美術館を訪ねた子どもたちが、木のおもちゃで楽しく遊ぶ。そのおもちゃに使われている木がこの村で育ったものだと知り、美術館に隣接する東京チェンソーズの工房を訪ねて作り手と出会う。そこで木田さんや飯塚さんをはじめとする林業家たちの思いに触れ、土を踏みしめ林道を登り、木を育んだ豊かな山に行ってみる。「ああ、この地で人の手で、数十年に渡る愛情を受けて育てられた木なのだ」と実感できると、森にも商品にも愛着が湧く。
一つひとつの木のおもちゃには、そんな風にして少しずつ、東京の森のファンを増やしていきたいという願いが込められています。
木田さん「檜原村は東京の水源である秋川・多摩川の上流域にあります。何気なく手にした木のおもちゃが、普段目にする川の上流で作られたものだと知るだけで、暮らしの中に森を思う時間が生まれ、人と森がつながる新しいきっかけになるはずです」
木田さん「林業に正解はありません。私たちのこうした取り組みが美しい森づくりにつながるのかは、数十年経たないと分かりません。でも、およそ50年前、ここに木を植えてくれた人たちも『孫の世代になったら、今日植えた木がきっと売れるだろう』と思って木を植え、大変な作業も励まし合って乗り越えてきたんです。その思いを受け継いだ私たちの世代が出した答えのひとつが、一本の木を無駄なく使い切る取り組みであり、木のおもちゃ作りなんです。
森に携わる全ての人が想像力を働かせて森を思い、それぞれが『これがいい』と思ったことを、その日できるベストを尽くしてやっていく。そういう一日一日の積み重ねが、50年先を生きる人の暮らしを豊かなものにすると、私たちは信じています」
「根も枝も葉も、ひとつひとつに個性があって美しい」と飯塚さん
飯塚さん「先人林業家たちがこの森に託した気持ちが、同じ東京の森と向き合う私たちにはよく分かります。だからこそ木のおもちゃをきっかけに村に来て、森と触れ合い喜んでくださる人がいることを実感できると嬉しいですし、山を所有している人にとっても、丸太が高く売れない時代に林業の明るい話題を聞けるのは、きっと嬉しいことなんじゃないかなと思います。
檜原村には都心から車でも電車でも2時間ほどで来られますし、家族みんなで楽しめるおもちゃ美術館も、綺麗な川も滝も温泉も、おいしいランチが楽しめるカフェもあります。檜原村に来る子どもたちには、見たこともないような大自然に触れて、楽しい思い出をたくさん作ってほしいです。
村が持つ数えきれないほどの魅力と、木のおもちゃで遊んだ楽しい記憶がセットになって子どもたちの心に届いたら、より一層嬉しいですね」
子どもの頃に木への好奇心を抱き森への関心を深められたら、その後の長い人生において、一本の木を見る目も森の見方も多彩で豊かなものになるはずです。そして、一人ひとりの心に芽生えた“好木心”は、100年先の豊かな森づくり、地域づくりにきっとつながっていく。
数十年前、先人の林業家たちが未来を思って植えたという東京の木々は、なんだかとっても誇らしげに見えました。
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